長崎をモデルに ~全国展開へ向けて他法人と連携~
酒井龍彦さん 「つながる」を支える。
南高愛隣会では、令和4年10月から、新たに長崎刑務所とのモデル事業がスタートします。
南高愛隣会の専務理事であり、過去には長崎県地域生活定着支援センター所長を務めるなど、多くのモデル事業に関わってこられた酒井龍彦さんに、お話を伺いました。
―南高愛隣会でのこれまでのキャリアと、触法障がい者支援に携わることになった理由を教えてください。
これまでは主に、障がいが軽く、能力の高い人達の雇用や職業訓練に係る職場開拓や、就職支援、就職後の定着支援、企業と連携したトラブル解決等の業務を担っていました。
障がいが軽いがゆえの特有の反社会的な問題行動を起こすことがたまにあります。働いて稼いだお金を短時間でパチンコや飲食等で使ってしまったり、お金がなくなると他人のお金を盗んでしまうということがあります。
累犯障がい者支援に携わることになった経緯は、障がいが軽い人の就職支援や定着支援等の地域生活支援に関わってきたことがきっかけです。
その中に、障がいが軽いがゆえに我々の支援を拒んで孤立し、犯罪に走ってしまった人達もいます。我々職員の言葉よりも町の中の刺激や誘惑を求めて、支援のエリアから出て行った人達もいます。
一定数を超えた就職支援を含む地域支援の中では、警察に世話になったり、警察の力を借りたり、様々な苦労や紆余曲折がありました。そういう中、ケースによっては、一回は地域の中で大きな失敗をしないと社会の仕組みやルールが理解できないということで、あえて手を出さず静観することもありました。そういった時、最後の砦が刑務所でした。
―モデル事業の準備はいつ頃から話を進めてきましたか。また、なぜこのモデル事業が始まるに至ったのか、その経緯を教えてください。
具体的には昨年から約一年かけて準備をしてきました。
そもそも経緯については、平成15年、それまでの行政処分としての措置制度から支援費制度に変わり、法人(職員)と障がいのある人が対等な関係のもと、契約を結び、福祉サービスを利用(提供)することになりました。
軽度の障がいの人達の中には、自分には福祉の支援は必要ない、と支援を拒む人もいます。しかし、自己理解、障がい認知ができていない人は、往々にして反社会的な行動を起こし、犯罪につながることがあります。そこで、対等な契約に基づく利用だけではなく、他の法的整備が必要ではないかと言う議論があり、平成16年度から法務省と厚労省を巻き込んでのテーマ「契約に馴染まない障がい者の法的整備のあり方に関する勉強会」がスタートしました。その勉強会を通して、いろんな実態が分かってきました。
例えば、知的障がいの人達は、決まりきった単調な生活に順応しやすい特徴があります。従って刑務所の中では刑務官は知的障がいに気付かないということです。しかし社会に出ると複雑多岐、相談もできず、未就労、無収入のため、生活苦で再び罪を犯すことが多くあります。
また具体例として、寒い冬になると、犯罪が増えると言われます。刑務所に行けば、布団があり、クリスマスケーキや、正月の雑煮を食べられるからだそうです。
そして犯罪を繰り返すと、家族や親族がどんどん離れ、孤独になり、相談相手もいなくなる孤立状態になってしまいます。悪循環です。
この勉強会で福祉的支援を必要とする人達が福祉につながっておらず、再犯を繰り返している。これはもっと深く専門的に研究しなければならない、ということで、平成18年から3年間の厚生労働科学研究に発展しました。その研究から地域生活定着支援センターが生まれましたが、当時から刑務所の中の知的障がい者の正確な把握の必要性と処遇方法への問題意識がありました。
同じ頃、平成18年、受刑者に関する法律が監獄法から受刑者処遇法に大きく変わりました。従来の「懲らしめ」の目的から、社会復帰のための「改善更生」にも重きが置かれるようになったのです。また、平成28年には、再犯防止推進法が施行されました。
さらに令和4年6月に刑法が改正され、懲役の他、より改善更生に向けた学習や矯正指導を重点的に行うことができるようになりました。今回のモデル事業は、こうした背景や制度の流れを踏まえた取り組みでもあります。
―10月から始まる長崎刑務所とのモデル事業の内容について教えてください。
今回のモデル事業では、定員50人で、九州圏域の各刑務所から知的なハンディがある人を長崎刑務所に集め、福祉的なプログラムを提供します。大きく4つの柱があります。
1つ目は、アセスメントです。本人聞き取りや生活歴及び刑務作業の様子を見て、処遇計画(福祉サービスで言うと、個別支援計画)を作成します。その結果、基本的に一般就労と福祉的就労(就労継続支援A型、B型)、生活介護の3コースに分かれます。
2つ目は、処遇計画に基づいてプログラムを実施します。具体的には各種の職業生活訓練やあいりんで行っている犯罪防止学習、アールブリュット、和太鼓、生活スキルアップなど、法人の特徴的なサービスメニューを刑務所の中で実践します。
3つ目は、療育手帳の取得です。知的なハンディがある人のうち、30%ほどしか療育手帳を持っていないとされています。福祉サービスにつなげるためには、療育手帳が必須です。受刑中での手帳取得を目指しています。
4つ目は、出所時の支援です。孤立を生まないように、個々の見守り態勢をしっかり作ります。出所後の寄り添い支援を見据え、受刑中から関係機関との関わりを持ち、個々に合った支援のネットワークを創っていくというものです。
―モデル事業のねらいや目的を教えてください。
受刑中の早い段階から福祉が関わることで、福祉的支援の内容等を対象者本人に知ってもらい、出所後の福祉的支援につなげていくこと。受刑中に受けたアセスメントの結果、職業訓練の状況、変化・成長等の情報を出所後の福祉へ引き継ぐこと。その仕組みを作っていくことです。
私たちは福祉の人間なので、本人が地域の中で必要な支援を受けながら自立し、豊かな人生を送るにはどうしたらいいのかを最優先で考えます。再犯防止はあくまでも結果論です。
しかし、福祉には自由がない、窮屈、というイメージを持たれ、「福祉には何年いないといけないのか?」等、福祉を刑期と捉えているような発言をされたこともあります。福祉的支援を希望しない人は、福祉を知らない人であることも多いです。そのために、早期の受刑段階から関わることで、「そうか、福祉ってこういうことか・・」「相談ができるんだ・・」と、心の変容が生まれるのではないか。そこも大きなねらいです。
―これまで、裁判段階から関与する入口支援や、刑務所を出所した後の出口支援など、様々な累犯障がい者のモデル事業に取り組んでこられたと思います。外部と連携するモデル事業ならではのやりがいを教えてください。
今はない、新しいものを作り、それを試行し、それが制度となり、結果、生きづらさを抱えた人達の支援策が効果的に進むこと、こういう挑戦をすることが南高愛隣会らしさであり、自分自身のやりがいでもあります。
そうすると当然、外部との連携が必要になってきます。様々な文化の違いを認めながら、それを越えて、新しいものを作っていく。たいへんですが、ここに仕事のやりがいや達成感を感じています。
今回のモデル事業の期間は、5年間です。3、4年後には徐々に全国展開されていくと法務省から聞いています。これは一法人だけでは継続が困難です。全国への汎用性・永続性を考えると、他法人にも広く呼びかけ、応援していただく必要があります。
長崎県が先進モデルになるので、他法人と連携してやっていますよ、とモデルを示し、全国に展開できる持続可能な形に持っていきたいですね。